- 2007/07/15 16:56|
- Category: オーストラリア・バレエ|
クレジット
振付:グレアム・マーフィー/音楽:P.I.チャイコフスキー/構成:グレアム・マーフィー、ジャネット・ヴァーノン、クリスティアン・フレドリクソン/装置・衣装:クリスティアン・フレドリクソン、M.C.エッシャー作『波形表面』/照明:ダミアン・クーパー/製作:フランシス・クローズ
指揮:ニコレット・フレイヨン/演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
東京文化会館
キャスト
オデット:マドレーヌ・イーストー
ジークフリート王子:ロバート・カラン
ロットバルト男爵夫人:ルシンダ・ダン
女王:シェーン・キャロル
女王の夫:ロバート・オルプ
第一王女:ゲイリーン・カンマーフィールド
第一王女の夫:藤野暢央
公爵:アダム・スーロウ
公爵の若い婚約者:カミラ・ヴァーゴティス
伯爵:マーク・キャシディ
伯爵の侍従:マシュー・ドネリー
提督:コリン・ピアズレー
侯爵:マーク・ケイ
男爵夫人の夫:フランク・レオ
宮廷医:ベン・デイヴィス
招待客、ハンガリー人、召使、乳母、従者、小さな白鳥、大きな白鳥、白鳥:オーストラリア・バレエ団
協力:東京バレエ学校
感想
久しぶりのバレエ鑑賞となったこの日の公演。3階席だったこともあり、ダンサー個々というよりはプロダクションそのものを楽しむ鑑賞と相成りました。まず印象的だったのは音楽。パンフレットによれば"1877年世界初演時に演奏された曲順通りにリチャード・ボニングが編成しなおしたもの"だそう(このCDがそうかしら?)で、まず弦が厚い。実際に弦の人数が多いようにも感じましたが、なにしろ東京文化会館も3階も久しぶりなので確かな所は自信無し。
音楽についてもう少し書くと、強弱や速さのメリハリもとてもはっきりしていました。作品とカンパニーを熟知した自前の指揮者ならではで、ニコレット・フレイヨンさんの指揮に導かれてオケの音も1つ1つ際立っていたように感じました。もう、音楽だけで十分幸せになれる程。金管についても普段程は気にならず、バランスがよかったと思います。普段耳にしている「白鳥の湖」とは多少アレンジが違うところもあって、その点でも、時々オケへ意識を飛ばされました。どんなバレエ音楽でも一旦幕があけば普通はオケの事は無意識に置いてしまう事が多いですが今回は違って、それくらい私が久しぶりだったと言えるかもしれませんね。
そして、美術がひたすらツボでした。1幕のアイヴォリーを基調として奥にアイスブルー系の布をたっぷりと使って波面を表現した湖のあるセット、その波間がリフレインするような2幕に現れる「波形表面」(M.C.エッシャー)、3幕の男爵夫人のパーティの退廃とそこにも使われる「波形表面」。高い意識と隅々まで気を配ってデザインされたと判るもので、少しも現実に引き戻される要素がない事にも感心しました。衣装も素敵で、特にチャルダッシュの衣装とそのペチコートの赤の差し色は本当にお見事。1幕はゲストたちのドレスなどもニュアンスがあって特に好きなタイプでした。
オデット役のマドレーヌ・イーストーは小柄でバネのきいたアレグロタイプのダンサー。オデットはその繊細さゆえに危うい心を表す為にかなり激しくも踊るのですが、それが全身全霊で叫んでいるかのように見える。音のメリハリが効いたこのプロダクションに、彼女はとても合っていたと思います。ストーリー展開に納得できない部分があったせいか、オデットに感情移入する事はなかったけど、ダンサーとしての彼女には好感を持ちました。
男爵夫人役のルシンダ・ダンが見事でねー。特に3幕のルースカヤの音楽でのソロは圧巻でした。男爵夫人はその時々の心情がとてもクリアでしたから、ともすると彼女の感情移入しがちでしたよ。ストーリー的には、1幕の最後で2人きりになった王子の前で女王の玉座に腰掛ける男爵夫人という場面があったので、ある程度野心的な女性と見てとることも出来るのですが、私には、彼女の男爵夫人は地位や名誉や欲望や愛情の為に王子と不倫をしているというよりも、夫以外の愛人と対することによって自分の存在価値を確認する女、という風に見えました(後日カラボス役で見たオリヴィア・ベルが別の回の男爵夫人を踊っていたと思いますが、彼女の方がもう少し官能の勝った踊り方をするんじゃないかな)。その鏡の役割として皇太子以上の男はいない訳で。何故そういう風に見えたのかずっと考えていたのですが、1つにはルシンダにあまり官能の香りがしなかったせいかなぁ、と。なんだか戦士のようだったもの。いつでも何かに闘いを挑んでいるようで、常に勝利を渇望している感じ。彼女は去年世界バレエフェスに来た時は明るい茶色の髪だったのが、今回は真っ黒に染めた髪で踊っていたので、その辺も「強い女」っぽさを感じたのかもしれません。
そういう意味ではオデットが渇望していたのは王子の愛情だった訳だけど、逆にオデットの王子への愛情というのは非常に見えにくかった。1幕では自分が与える愛というより、「与えられない愛への渇望、あるいは絶望」が強かったし、2幕は精神病院で王子=現実への恐怖と、夢の中での願望としての通い合うナイーブな愛、という感じでしょう?で3幕は復讐というか「奪い返す」ことが目的にしか見えなかったし...それで最終幕は"結ばれない悲劇"ってことになるのでしょうが、私は逆にろくでもない王子とか相容れない価値観からの解放/自立、という風に見えたので、あのエンディングには何だかほっとしちゃったんですよね(笑)。もちろん切なくはあったのだけど。
そのろくでもない王子(笑)役のロバート・カランは、出てきた時に「王室の次男坊って感じだなー」と思いました。近い将来に国を背負うという責任感が見えないというか。でも踊りは丁寧でよかったです。あのハードなリフトが多用される振付でもとても安定していて、一緒に踊る女性は安心して踊れるだろうと感心しました。他のダンサー達は、例えば彼らがプティパものを踊ったら観客を満足させるのは難しいだろうなという感じはしましたが、このプロダクションは踊り慣れてもいるだろうし、良かったと思います。
グレアム・マーフィーの振付はダンサーに豊富な運動量を要求するもので、特に男性陣はリフトが大変。大勢で踊るとかなり迫力があります。全てのダンサーが破綻なく踊り切っていて見事でした。ここの男性ダンサーはホントにリフトが安定してますね。かなり頻繁に他の作品を思わせる部分がありましたが、それはオーストラリアのバレエの礎となったロシアやイギリスのバレエへのオマージュなのかもしれないな、と思ったり。音楽の使い方にしてもオマージュ的引用(に見えるもの)にしても、もしかしたら見ている人に何らかのイメージを喚起させるのに有効な手段なのかなーと思ったりもしたのですが、そんな風にいくらでも深読みしたくなるような振付や音楽の使い方に溢れていました。
演出も上手い!と思う部分が多くて、どんどん引き込まれていきました。最初はあまり集中できなかったのですが、ぐーっと吸い込まれたのは、長い長いトレーンを上手く使った王子とオデットのワルツかな。踊る為には足かせにも美しい装飾ともなるそのトレーンの長さこそがオデットが嫁ぐ王室を象徴しているとも言える訳で、小柄なマドレーヌ・イーストーと長身でプロポーションのよい王子ロバート・カランがドレスのトレーンを交互に持って踊るのは、まるでオデットと王子と王室というしがらみのパ・ド・トロワのようだった、なんてね。
これだけ見事な振付/演出の手腕を見せられて、もう細かいところはどうでもいいか、と言いたくなる感じなのですが、唯一、3幕の夜会に登場するオデットの心情ってのがピンときませんでした。黒い衣装の夜会に一人白のドレスで登場するアイディアはナイス!なんだけど、彼女は王子の愛情を奪い返しに来た訳で、その時点で「まじりけのない純粋さ」ではないんじゃないの、と。ストーリー展開があとちょっとだけ自然だったら、更に素晴らしい作品だったのになー。でも、途中で深く考えるのはやめたんですけどね、そのままでも面白かったから。
あまりに楽しかったので、帰宅してからオーストラリア・バレエのオフィシャルサイトで「On the Wings of a Swan」という2005年「白鳥の湖」イギリスツアーのDVDを買ってしまいました。1週間で届きましたよ。リージョンは2を含んでいますがPALでした。2枚組で、特典映像と併せて130分くらい。当然字幕はありませんが、公演を思い返すのにちょうどいい感じ。そのうち"バレエDVD/VIDEO"の方にも掲載します。